契約書管理SaaSの相談を受けると、最初に機能比較表を見せられることが多い。だが実際に導入後の不満につながりやすいのは、機能の不足そのものより、自社の契約書がどういう構成になっているかを把握しないまま選んでしまうことだ。比較表を眺める前に、自社の契約書を4つの軸で仕分けしておくと、選定の精度が上がる。
契約書管理SaaSとは——何を一元化しているのか
契約書管理SaaSとは、契約書の作成・電子締結・保管・更新管理をクラウド上で一元化するサービスを指す。多くのサービスがAIによる条項の自動抽出、締結ステータスの可視化、キーワード検索による契約書の即時参照といった機能を備えており、紙のファイリングやExcelの契約一覧表では追いつかなくなった管理業務を肩代わりしてくれる。複数拠点や複数の担当者が契約書を扱うようになった中小企業ほど、この効果は大きい。
仕分け1:電子契約に応じてくれる取引先か
すべての取引先が電子契約に応じてくれるわけではない。老舗の取引先、建設業の下請け契約、一部の官公庁や金融機関の融資関連書類などでは、今も紙の契約書と押印、あるいは実印・印鑑証明の提出まで求められることがある。自社の取引先を洗い出し、紙が残りそうな相手がどれくらいいるかを先に数えておくと、「電子契約はSaaS側で管理、紙契約は別途Excel」という二重運用がどの程度発生しそうか見積もれる。電子契約SaaSは電子締結には強いが、紙契約のステータス管理までは対象外になりやすい点は導入前に確認しておきたい。
仕分け2:更新前に交渉が必要な契約か
自動更新条項が近づいたタイミングでリマインドを出す機能は、契約書管理SaaSの得意分野だ。ただし、そのタイミングで単価や条件の交渉をするかどうかの判断は、担当者の記憶や個別のメモに依存しがちになる。原材料費や外注費が上がっている取引について、更新前に価格改定を打診しておきたいと考えていても、リマインドが届いた時点で初めて思い出し、交渉のタイミングを逃してしまうことがある。「自動更新でよい契約」と「更新前に必ず条件を見直したい契約」を先に仕分けておけば、後者だけ別途チェックする仕組みを用意すればよいと判断できる。
仕分け3:金額・種別で決裁ルートがどう分岐するか
契約金額や契約の種類によって決裁者が変わる中小企業は多い。少額の業務委託契約は部門長決裁、一定額を超える契約や継続的な取引に関わる契約は役員決裁、といった具合だ。部門ごとに稟議書のフォーマットや確認項目が異なっているケースもある。契約書管理SaaSの承認フロー機能は多くの企業に共通する形で設計されているため、こうした自社固有の決裁ルールを細かく再現しきれないことがあり、誰がいつ何を承認したかを別途Excelの決裁一覧で管理する二重運用が生まれやすい。決裁ルートの分岐パターンをあらかじめ書き出しておくと、SaaSの標準設定でどこまで再現できるかをトライアルの段階で具体的に確認できる。
仕分け4:AIの条項抽出が向く定型契約か
契約書管理SaaSの多くはAIによる条項抽出機能を売りにしているが、この精度は契約書のフォーマットに左右されやすいとされる。定型的な業務委託契約や秘密保持契約であれば抽出精度は高くなりやすい一方、特約条項が多い契約書や、手書きの注記が入った紙契約をスキャンしたPDFでは、抽出漏れや誤読が起きる可能性がある(各サービスの精度を裏付ける公開データは限られており、導入前にトライアルで自社の契約書を使って確認するのが確実だ)。自社の契約書のうち、定型フォーマットのものと非定型のものがどれくらいの比率かを把握しておくと、AI抽出をどこまで信頼してよいかの目安になる。
仕分けが終わったら、トライアルで自社の契約書を試す
4つの仕分けを終えると、比較表の機能一覧よりも具体的な質問が浮かぶはずだ。紙契約が多いなら「紙と電子を横断して一覧できるか」、決裁ルートが複雑なら「分岐条件をどこまで細かく設定できるか」といった具合に、確認すべき点が自社の実態に沿ったものになる。営業資料だけでは分かりにくいこれらの点は、無料トライアルの段階で実際の契約書と決裁ルールを当てはめて確認するのが現実的だ。
取引先ごとの書式管理や複雑な決裁分岐が日常的なボトルネックになっているとわかった場合は、契約書管理SaaSを丸ごと置き換えるのではなく、その部分だけを自社専用のツールや運用ルールで補うという発想もある。何が本当に足りていないのかを整理するには、要件定義の工程が欠かせない。判断が絡む業務ほどSaaS標準機能の外に残りやすいという構図は、経費精算のような他のバックオフィス業務にも共通する。
Q. 電子契約とは——紙の契約とどう違うのか
A. 電子契約とは、書面への押印の代わりに電子署名やタイムスタンプによって契約の真正性(本人が合意したこと、締結後に改ざんされていないこと)を担保する契約方式を指す。電子署名法の要件を満たした電子署名であれば、紙の契約書と同等の法的効力を持つとされている。また、電子契約は印紙税法上の課税文書に該当しないため、収入印紙も不要になる。ただし取引先が電子契約に応じない場合は、紙の契約と併用せざるを得ない。