2025年、職場での熱中症による死傷者数(休業4日以上)は1,803人に達し、統計を取り始めて以来最多を記録しました。前年からの増加率は約43%、しかもその発生は7月・8月の2か月に集中しています。死亡者19人についても、およそ8割がこの2か月に発生しました。2025年6月には熱中症対策を義務化する労働安全衛生規則の改正が施行され、2026年3月には新しいガイドラインが示されています。制度自体はすでに1年以上前から動いていますが、今まさに対象となる季節のただ中にいる中小企業ほど、義務の中身を正確に把握できているとは限りません。本記事では、何が義務化され、2026年のガイドラインで何が追加されたのか、そして現場で実際に何をすればよいのかを整理します。
2025年、職場の熱中症災害はなぜ過去最多になったのか
厚生労働省が公表した労働者死傷病報告によれば、2025年(令和7年)の職場における熱中症による死傷災害(休業4日以上)は1,803人で、比較可能な統計開始以来もっとも多い数字となりました。前年の2024年と比べると増加率はおよそ43%にのぼります。
注目すべきは発生時期の偏りです。年間の死傷者数のうち約72%が7月・8月の2か月間に集中しており、亡くなった19人に限れば約79%がこの2か月に発生しています。猛暑日が増える近年の気候傾向を踏まえると、この集中は今後も続く可能性が高いと考えられます。厚生労働省がこの時期に合わせて注意喚起や監督指導を強めているのも、この数字の裏付けがあってのことです。
業種で見ても、屋外や高温環境での作業を伴う建設業、製造業、農業、警備業、運送業などで発生が目立つとされており、規模の小さい事業者ほど専任の安全担当者を置きにくく、対策が後回しになりやすい構造があります。取適法や電子帳簿保存法など、ここ数年は中小企業に実務対応を求める法改正が相次いでおり、熱中症対策もその一つとして現場の負担に加わっている格好です。
2025年6月施行の省令改正で何が「義務」になったのか
2025年6月1日に施行された労働安全衛生規則の改正により、熱中症を生ずるおそれのある作業を行う事業者には、法的な義務が課されています。対象となるのは、暑さ指数(WBGT値)28℃以上、または気温31℃以上の環境で、継続して1時間以上、あるいは1日当たり4時間を超えて作業することが見込まれる場合です。
事業者に求められる対応は大きく3つです。
第一に、熱中症の兆候を早期に発見するための管理体制の整備です。作業中の労働者の体調変化に気づける「見守り」の役割を決め、異常があった場合の報告ラインをあらかじめ明確にしておく必要があります。
第二に、緊急時の対応手順の策定です。誰にどう連絡し、どのような応急処置を行い、どの医療機関へ搬送するのかを事前に定め、現場に掲示するなどして周知しておくことが求められます。
第三に、労働者への周知・教育です。対象となる作業に従事する全員に、熱中症のリスクと対応手順を教育し、共有する必要があります。実施記録を残しておくことも推奨されています。
これらを怠った場合、6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が科される可能性があります。重要なのは、罰則の対象が「熱中症を発生させたこと」自体ではなく、「体制を整備していなかったこと」に向けられている点です。結果として誰も体調を崩さなかったとしても、見守り体制や緊急時手順が存在しなければ義務違反になり得ます。
2026年3月の新ガイドラインが示したこと
2026年3月、厚生労働省は「職場における熱中症防止のためのガイドライン」を新たに策定しました。これは前年の労働安全衛生法改正(令和7年法律第33号)に対応する形で示されたもので、2025年の死傷者数が統計開始以来最多となった状況を踏まえた内容になっています。
このガイドラインの特徴は、対象を特定の業種や作業に限定していない点です。「熱中症のおそれのある全ての作業」が対象とされており、建設業や製造業といった従来イメージされやすい現場だけでなく、屋内であっても空調が不十分な倉庫や厨房、あるいは屋外での営業活動なども対象になり得ます。
取り組みの内容は大きく2段階で整理されています。1つ目は、自社のどの職場・どの作業に特にリスクが高いかを把握すること。2つ目は、その把握結果に応じた対策づくりです。具体的な対策としては、労働衛生管理体制の確立、休憩場所の整備などの作業環境管理、作業時間の短縮といった作業管理、作業開始前に体調の変化がないか声をかけるといった健康管理、労働衛生教育、そして異常が起きた際の措置という柱が示されています。
つまり2026年のガイドラインは、2025年6月の省令改正で定められた義務の輪郭を維持しつつ、「まず自社のリスクを洗い出す」という最初の一歩をより明確に求める内容になっていると言えます。
中小企業の現場では、実際に何を整えればよいか
制度の中身を踏まえると、中小企業がまず着手すべきことは次の4点に整理できます。
1. リスクの高い作業の洗い出し
屋外での施工・農作業・配送、空調の効きにくい倉庫や工場、厨房など、WBGT28℃・気温31℃を超えやすい場所と作業内容を具体的にリストアップします。WBGT値は黒球型のWBGT計を現場に置いて実測するのが基本ですが、環境省が発表する「熱中症警戒アラート」や地域のWBGT実況値を目安として併用している事業者も少なくありません。電子帳簿保存法の記録管理のように、法改正のたびに現場の記録項目が増えていく中小企業にとっては、熱中症対策の記録もその一つとして位置づけ、既存の安全書類の運用に組み込んでしまう方が現実的です。
2. 「見守り役」の実運用
役割を紙の上で決めるだけでなく、実際の現場でその人が誰の体調をいつ・どうやって確認するのかまで具体化しておかないと、緊急時に機能しません。特に少人数の現場では、作業者同士が互いに声をかけ合う仕組みにするなど、現実的な運用を考える必要があります。
3. 記録の残し方
声かけの実施や休憩の取得、異常時の対応は、実施していても記録が残っていなければ「体制が機能していた」ことを後から示せません。紙の日誌やチェックシートでも対応は可能ですが、複数現場・複数人を抱える会社では、誰がいつ何を確認したかが埋もれやすいという問題も出てきます。
4. 下請・一人親方が混在する現場の注意点
建設業など重層下請構造がある業種では、現場全体の熱中症対策を誰が主導するのか(多くの場合は元請)をあらかじめ整理し、下請事業者にも対応内容を共有しておく必要があります。
熱中症対策の義務化とは?小規模な会社も対象になるのか
「うちのような小さな会社にも関係あるのか」という疑問を持つ経営者は少なくありません。結論として、この義務は事業者の規模による除外を設けておらず、対象となる作業条件(WBGT28℃以上、または気温31℃以上で継続1時間以上・1日4時間超)に該当する作業を行っていれば、従業員数にかかわらず対象になります。専任の安全管理者がいない小規模事業者であっても、経営者自身や現場責任者が管理体制・緊急時手順・周知の3点を整備する必要がある点は変わりません。
体調確認の声かけや休憩取得の記録は、複数の現場や作業員を抱えるようになるほど、紙や口頭だけでは管理しきれなくなっていきます。将来的にはこうした日々の記録をデジタルで残す仕組みを検討する会社も出てくるだろうと考えられます。
まずは自社にとってリスクの高い作業がどこにあるかを洗い出すところから始めることが、2026年のガイドラインが求める最初の一歩です。